ダイヤモンドヒストリーVol.3 謎めいた宝石、ダイヤモンド

謎めいた宝石、ダイヤモンド

人を虜にするダイヤモンド。いつ頃、人とダイヤモンドは出会ったのでしょうか。ダイヤモンドも他の宝石と同じように昔から人類が利用してきた石のひとつです。既に紀元1世紀のローマの文書にダイヤモンドを示す言葉が登場します。ですが、あまりにも産出量が少なく、長い間、科学的に解明されず、不明なことが多い石でした。ローマの人々はダイヤモンドが極めて硬い石であることはわかっていたので、彫刻刀のように工具として利用していたようですが、宝石としての価値は見出されていませんでした。ダイヤモンドの語源である「アダマス」という言葉には、「何ものにも征服できない」という意味がありますが、この何よりも硬いことが、やがて権力、人と人との絆、愛などのシンボルにつながっていきます。

世界で最初にダイヤモンドを産出したとして知られるのはインドです。昔のインドでは書き残すということがほとんどされていなかったので、産出状況の記録は残っていません。そこで歴史家や宝飾研究家らは、ヨーロッパ人の探検家から聞いた話や、言い伝え、他の資料などから推測し記述しています。それらの記録によるとインドやスリランカでは17世紀くらいまで多くの漂砂鉱床がありました。漂砂鉱床とは、地球奥深くで生成された原石が、雨、風によって地表に押し上げられ、砂や土に混ざって原石が産出される場所です。拾い集めるので掘るよりも簡単で、インドのダイヤモンドは1730年代頃に枯渇してしまいます。

インドに次いでダイヤモンドが見つかったのは、ブラジルです。ブラジルのダイヤモンドは1726年頃に発見されたと言われていますが、約1世紀の採掘により取り尽くされてしまいます。ダイヤモンドは、供給と需要が見合わず常に不足している状態でした。ところが1860年代、南アフリカの英国領、ケープ植民地でダイヤモンド鉱山が発見されます。南アフリカはインドやブラジルのような漂砂鉱床ではなく、パイプと言われる鉱脈で、縦に掘り進んで採掘するものです。1915年に閉山された南アフリカのキンバリー鉱山は採掘跡が巨大な穴となり、そこに水がたまり広大な湖になっています。「ビッグホール」と呼ばれ観光地として知られています。

技術、地質学などの進歩に伴い、南アフリカのほかに、オーストラリア、ロシア、カナダ、そして中国に鉱山が発見されました。供給源が増えたため、市場に流通しているダイヤモンドの量は安定しています。しかし大きな原石やファンシーカラーのダイヤモンドはめったに採れず、市場に出るとニュースに取り上げられます。何十カラットもあるダイヤモンドは、世界中のコレクターがほしがっており、クリスティーズやサザビーズなど世界屈指のオークションハウスに出品されると、予想落札価格をはるかに上回って落札されます。美しい天然のピンク色で有名な西オーストラリアのアーガイル鉱山も20数年後には枯渇すると言われています。所有者が放出しない限り、大きくてきれいな石は回ってこないのです。こうしたダイヤモンドは資産として、入手した者の金庫に眠り続けるわけです。
(ダイヤモンドStyle Guide より抜粋)

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キンバリー ビックホール拡大

1880年頃のビックホールを描いた図。

ダイヤモンド リング拡大

ロシア連邦サハ共和国で採掘されるダイヤモンド。(バージンダイヤモンド)

インド マハラジャ 拡大

インドのジュエリーには今でもローズカットダイヤモンドを使ったものが多い。

アーガイル鉱山 拡大

オーストラリアのアーガイル鉱山。